コラム

スポーツは地方創生の核となる(前編)

企業とDo Sports


『JBpress』のファウンダーで解説主幹の川嶋諭氏

「地方創生」という合言葉のもと、全国の自治体がさまざまな地域活性化策を展開しています。なかでも、ラグビーワールドカップの日本大会や東京オリンピック・パラリンピック、ワールドマスターズゲームズ関西などの、国際的なスポーツ大会を前に、スポーツによる地域振興の期待が高まっています。

「地方創生にスポーツは欠かせない!」というのは、ビジネスをテーマに日本の地方情勢と国際問題に強いネットメディア『JBpress』のファウンダーで解説主幹の川嶋諭氏。
スポーツによる地方創生のあり方、成功のポイントなどをうかがいました。

スポーツで地域を健康に

編集部 :
『JBpress』ではこれまでスポーツをどのような切り口で扱ってこられたのでしょうか。
川嶋主幹:
私が『JBpress』を10年前に立ち上げた時、特に力を入れようと考えたのが、国内の地方の情報と国際問題の2つです。この2つは、日本の新聞やテレビなどの大マスコミが、ほとんど伝えていないからです。そして日本の地方の中にはスポーツを核にした地域活性化の動きが見られます。そんな地方各地とスポーツの結びつきをメディアとして注目してきました。
編集部 :
地方とスポーツと結びつきで特に注目に値する事例はあるでしょうか。
川嶋主幹:
例えば宮崎県の綾町です。
ここは野菜の有機栽培で知られる農業の町ですが、ある時、町の予算の大半を使って立派なグラウンドやスポーツ施設を完成させました。そしてスポーツ合宿に最適な場所としてアピールしたところ、Jリーグや陸上の日本代表選手など各スポーツで活躍するトップアスリートが集まるようになりました。
町ではトップアスリートと町民とのふれあい企画などを通じて町民がスポーツに親しむ機会を作ったところ、町民がスポーツをするようになり、町全体に健康意識が高まりました。立派な病院を作るより、健康寿命を延ばす上で効果があったと言われています。

綾町が予算の大半をかけて完成させたグラウンドや体育館

編集部 :
トップアスリートが訪れるようになったことが、町民の健康増進にもつながったとは興味深いですね。
川嶋主幹:
私は地方が豊かであることが本格的な国家の必須要件だと考えています。それはヨーロッパの国々を見れば明らかなことです。本当に国民が幸せを実感できる国というのは、地方が豊かです。限られた都市だけが経済を牽引していく都市国家は、国民の多くが豊かさを感じられないばかりか、時代の移り変わりによって衰退も早い。私は日本を本格的ないい国にしたいという思いでこのメディアを立ち上げましたので、地方が発展するための情報を伝えていきたいと思ってやってきましたが、地方からのニュースはまだまだ都市部に届いていないのが現状です。

平均寿命より健康寿命を延ばすことが重要

編集部 :
日本では2019年から、3年連続で国際的なスポーツイベントが続くゴールデン・スポーツイヤーズが始まります。川嶋主幹は2021年からのワールドマスターズゲームズ(以下WMG)はご存知でしたか。
川嶋主幹:
いえ、実はこの話をいただいて初めて知りました。しかし私自身はWMGのような市民参加型の大規模なスポーツイベントが日本に必要だとかねがね思っていました。ですから宣伝するわけではありませんが、とてもいいイベントだと思いますし、その趣旨にも賛同します。
編集部 :
WMGを評価するポイントは、どのようなところでしょうか。
川嶋主幹:
ご承知の通り日本は高齢化で、医療費負担が国家財政を圧迫しています。今後ますます現役で働く世代の人たちの税負担も厳しくなるでしょう。しかしそれでも生産年齢人口の割合はどんどん減少していくわけですから、国力も衰えていきます。
こうした中、日本にとっての課題は、国民の健康寿命を延ばすことです。健康寿命とは、介護を受けたり寝たきりになったりせず、日常生活を送れる期間のこと。厚生労働省によると2016年は男性72.14歳、女性74.79歳です。長寿社会になっても健康寿命が長ければ、医療費の負担軽減にも繋がりますし、さらには生産活動や社会活動に参加することもできます。このことは国民にとっても国家にとっても、非常に重要です。
編集部 :
国民が何歳まで健康でいられるかということが、国にとっても重要な問題になっていると。
川嶋主幹:
その通りです。問題は平均寿命と健康寿命の差なんですね。これは介護などが必要となる期間を意味するわけですが、2016年の平均寿命と健康寿命の差は男性が8.84年、女性12.35年と、女性のほうが1.5倍も長い。つまり寝たきりや要介護の状態になってしまう期間は、女性のほうが圧倒的に長いということです。
そして今、日本の国民にとってはこの健康寿命を延ばすこと、つまり健康な状態で年を重ねるということが課題なんです。そしてこれを解決できる唯一の方法がスポーツなんです。
編集部 :
人が健康を維持するにはスポーツをするほうがいいと。
川嶋主幹:
「したほうがいい」のではなくて、「スポーツをするしかない」ということです。私は50歳を過ぎたらすべての人がスポーツをするべきだと考えています。特に平均寿命と健康寿命の差が男性より長い女性は、心してスポーツを始めてほしいのですが、それにはきっかけが必要です。WMGがいいイベントだというのは、それが「みる」だけではなく「する」スポーツの祭典であるからです。
編集部 :
WMGは一般の人たちがスポーツを始めるきっかけになるということですね。
川嶋主幹:
それが期待できると思います。特に、東京の都市部ではなく関西を中心に四国、山陰、北陸といった地方で開催されるところがいいと思います。東京の流行りが地方に飛び火していくのではなく、全国各地域からスポーツをする機運が高まっていくことで、幅広い年代の人たちに広範囲で広がっていくことが期待できます。

スポーツが定着するうえで重要なのがコミュニティ

週末にテニスをするのが日課

編集部 :
WMGでは開催の意義の1つに、スポーツによるコミュニティの形成をあげています。
川嶋主幹:
それはスポーツにおけるとても重要な効果の1つだと思います。高齢化が進む中、地域で人と関わりを持たない孤独な老人が増えています。早い時期にスポーツを通じて、地域のコミュニティに参加しておくことは、高齢になって孤独に陥らないためにも大事なことだと思います
ただ、スポーツを始めればコミュニティは自然に生まれるかというと、そうとも言えません。というのも、スポーツは入口のところが非常に大事だからです。日本はどうもその入口の作り方が下手です。だからせっかく始めても続かない人が多く、市民の間にスポーツをする習慣や文化が根づいていかない。それは自分の体験を通じて感じることでもあります。
編集部 :
川嶋主幹は長くテニスを続けてこられてきたそうですね。
川嶋主幹:
大学時代からなので、かれこれ30年以上になります。
大学時代にたまたま軟式テニスを体育で選択したところ、その先生の講義が非常に面白くて、人間の健康とスポーツの関係を科学的な学問として解説してくださったんですね。この授業のおかげで人間が健康を維持するうえでスポーツがいかに重要かを知りました。以来、テニスはずっと続けています。といっても軟式ができるコートは少ないので、体育が終わった後は、硬式テニスに変えましたが。
編集部 :
そのテニスのご経験から、日本はスポーツの入口の作り方が下手だと感じられたのでしょうか。
川嶋主幹:
テニスもそうですが、スキーやゴルフなど他のスポーツでも、全般的に継続して楽しめる仕組みや組織づくりに欠けていると感じます。そのことは、仕事でアメリカに数年赴任してみて、特に感じるようになりました。
たとえばアメリカにはUSTAというテニスをする人のための組織があります。日本にも JTAという組織があるのですが、同じような名前でいて実は似て非なるものです。
米USTAは一般市民のプレイヤーも実力によって細かくランク分けされていて、下のランクの人とは原則的に試合が組めなくなっています。常に同じランクの人と戦って、そこで実績をあげた人が一つ上のランクに上がれるという、仕組みになっているんです。
だから地道に努力していけば、ランキングを上げられるので、長期目標が立てられ、それがやりがいや楽しみになるんです。組織のあり方がプレイヤーをやる気にさせるので、組織が自然に活性化するんですね。
編集部 :
ところが日本の市民大会はそうではないと。
川嶋主幹:
日本の市民大会では、ランクによって差をつけないかわりに、大会で初心者がいきなり実力者と当たって、コテンパンにやられる光景をよく見かけます。私にもそういう経験があります。負けた方は、二度とやるもんかと思いますよね。これはつまり、みんなが楽しめる仕組みになっておらず、一部の人だけが楽しいイベントになっているということです。
編集部 :
毎回同じ人ばかりが勝って、自分はまたその人たちに打ちのめされるかと思うと、大会にも出たくなくなりますね。
川嶋主幹:
それで止めてしまう人も少なくないんです。日本でスポーツが一過性のブームになりがちなのは、そういうことも大きいと思いますね。始めたばかりの人でも楽しめたり、やる気になったりするような仕掛けや仕組みを作るのが下手ですよ。これは組織をどのようにオーガナイズするかという問題です。そこの工夫をしないと、せっかく始めた人もコミュニティに参加したり親しんだりする前にやめてしまいます。
編集部 :
スポーツを始めることは、必ずしもコミュニティへの参加を意味しないということですね。
川嶋主幹:
スポーツを始めることによってコミュニティに溶け込んでいく、という流れが自然なようですが、実際はそうでもない。逆に、スポーツの入り口をコミュニティがサポートするという発想や仕掛け、仕組みが必要です。アメリカでは大会の作り方や組織の仕組みそのものが、それぞれの参加者が楽しめるようオーガナイズされているように感じます。もちろんアメリカだけがいいというわけではないんですが。
編集部 :
参加者が楽しめる仕掛けと組織のオーガナイズですか。
川嶋主幹:
スキーなどはその典型ですね。以前、私がまだ学生か社会人になりたてのころですが、富士山の麓にスキー場ができました。それで友人たちと行ってみたら、最初のリフトに乗るのに3時間もかかりました。それ以来、私はスキーをしなくなりました。インフラのところを考えていないんですね。今、スキー客がめっきり減ってしまったというのも、実際のところブームに乗っていただけの人が多かったからではないでしょうか。
編集部 :
人々の楽しみの1つとして定着していたわけではなかったと。
川嶋主幹:
その面は多分にあると思います。しかし、北海道のニセコスキー場は非常に多くのスキー客でにぎわっています。実は、ニセコ町の隣の倶知安町に多くのオーストラリア人が住むようになり、彼らが夏の間もラフティングなど、自然を利用した楽しいイベントや企画をたくさん考えるからだそうです。
以前、倶知安の福島世二町長にお話を聞いたところ、「オーストラリア人は自然を相手にした遊びを考えるのが非常にうまい」と感心していました。実はスキーリゾートというのは、冬以外の季節にお客さんを集められるかどうかが重要なんです。つまり雪が降る前に勝負がついている。そのうえで、冬に来た人が楽しいと思えるインフラ(=ハード)とソフトウェア(=仕掛け)も多数用意しているということです。
編集部 :
設備やインフラを考える時に、お客さんにそこでいかに楽しんでもらえるかという発想がないとダメということですね。
川嶋主幹:
人はおもしろい、楽しいと思ったことは続けます。私が今も毎週末テニスをするのは、結果的に大会に出てそれなりに勝つことができて楽しいからです。それも、若い頃より今のほうが勝てるからより面白くなっているんです。

川嶋諭氏 プロフィール


早稲田大学理工学部卒、同大学院修了。日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社。
1988年に『日経ビジネス」に異動後20年間在籍した。副編集長、米シリコンバレー支局長、編集部長、『日経ビジネスオンライン』編集長、発行人を務めた後、2008年に日本ビジネスプレス設立。
『JBpress」を立ち上げ編集長を務めた後、現在は解説主幹として活躍。週末にはテニスをするのが日課。

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